これは、しがく新聞05月号のコラムです。
◆リード:
マジックを始めて早10年。私のコミュニケーション能力を支えてきた一つにマジックは欠かせないものである。マジックの師匠であるMr.ヒーローは、このたびハリウッドにあるマジック界の殿堂「マジックキャッスル」にメンバー入りを果たした。これを機会にマジックを通して見るコミュニケーションについてお話していこうと思う。
◆本文:
出会いは約十年前の起業家交流会だった。Mr.ヒーローは最初、普通にその交流会に参加していて、毎月のように顔を合わせていた。それがある日、突然サングラス姿で現れ「これからは、マジックを通して人を笑顔にし、笑いと感動を与えていきます」と力強くスピーチしたのだ。会場の至る所から苦笑が漏れた。懇親会の席で「ムロさんもマジックやろうよ」と何度か誘われ、私も重い腰を上げた。簡単なマジックを覚え、部下やお客様に披露してみた。するとある日、変化が起こった。今までの人生で見たこともないリアクションをしてくれるのだ。私のことを「マジックの人」とか「面白い人」と呼ぶ声も聞こえてきた。これには自分自身が一番驚いた。
失敗談もある。仲間五人で食事をした際、いつものようにマジックで盛り上げ、話題の中心にいた私を横目に、友人が少し寂しそうな顔をしていた。私はなんということをしてしまったのか。笑いや感動どころか、寂しい思いをさせてしまったのだ。コミュニケーションマジックで大切にしているのは、相手の立場に立つということだ。「自分が主役ではなく、相手が主役なのだ」とMr.ヒーローに常々言われている。私は、その教えに背き、自分が主役になってしまっていたことに、ただただ申し訳ない気持ちで一杯になった。その後は心を入れ替えて全員が楽しめるように気配りをするようになった。
人と会うときは、自分で調べたニュースを一つ持って行きなさい。矢野彈先生から教えていただいたことだ。コミュニケーションにおいて大切な相手の立場に立つということは、このように相手に想いを巡らせることだ。例えば、海外の人で言葉が通じないとき、マジックが大いに役立った。三枚のトランプの中で一枚のカードが変わる「チェンジカード」というマジックがある。カードを相手の国旗に変えると、硬い表情が驚きに変わり、まるで友達のように表情が和らぐ。たとえ言葉が通じなくとも、相手のことを考えていけばコミュニケーションを図る手段は多くある。
Mr.ヒーローの下には、およそ五百名の会員が集まり、ほとんどが経営者である。多くの経営者は、多少のお金はあるけれども時間が無く練習ができないという。それにも関わらず、なぜこれだけの人数が集まってきたのだろうか。Mr.ヒーローは千を超えるマジックを試したと聞く。そして生まれた、手先が器用でなくても、練習時間をそれほどさかなくても、笑いと感動を作り出せるコミュニケーションマジックを伝授してくれているからだ。Mr.ヒーローの周りにはいつも笑いがある。そして、「マジックで周りを喜ばせられる人物になれる」という夢を与え続けている。夢を与えてもらった人が、自分の周りを笑顔にし、楽しませるという夢が叶っている。ここに人が集まる一番の要因があるのだと思う。
私もマジックのお陰でブータン王国の首相や、海外の大臣や要人、スポーツ選手からお笑い芸人まで多くのご縁をいただいた。十年間で千名以上の初級マジシャンを誕生させてきたことで、マジックの神様からご褒美をいただいたのだと思っている。