目の前の一人を育てる尊さ

これはしがく新聞11月号のコラムです。

■リード
「尖閣はオレの物だ」。軍事力が整ってきた中国は、いよいよ本格的に沖縄を侵略する段階に入った。平和に慣れてしまった日本人も、中国の本質にやっと気づきだしたようだ。しかし、国を護るのは政治家や自衛隊だけではない。
わたしたち一人ひとりが国を護るという意識が必要だ。一国民が今からでも始められる国護りとは何だろうか。

■本文
 日本がなかなか良くならないのは、国民一人ひとりの責任である。政治家、経営者、外資、中国、韓国…。他人のせいにして、結局、自分が国のために貢献しようとしない人が多いのが実情だろう。良い政治家を輩出するのは国民の役割であり、悪い政治家を追放するのもまた国民の役割である。想いの強い人、影響力のある人は自分の一票に留まらず、百票も千票も動かす。あなた一人が強い気持ちを持てば、その結果、良い政治家が選ばれる。良い政治家は、悪い法律を捨てて、日本人の安全と財産を守る良い法律を作るだろう。いずれ現憲法を改正し、国民の幸せを考えた新憲法を制定するはずだ。目の前の一人に「毎回選挙に行く」と決意させるのは尊い。

 民放のテレビ局は、基本的に視聴率をとることのできる番組を制作するものだ。だから、テレビ番組は国民の心の鏡とも言える。低視聴率に苦しむテレビ番組も、決して良い番組が無いわけではない。自分が良い番組を観て、周りに広める。視聴率が上がれば、以後も放送は続く。真似をする他局が出てきて自分も視聴率を稼ごうと良い番組を作る。良いテレビ番組を見つけ、目の前の一人に伝えるのは尊い。

 日本中にあるお店も同じだ。国民がお金を使うお店は今後も残る。国民のレベルが下がれば、安いだけで偽物のお店が生き残り、本物を扱う素晴らしいお店は淘汰されていってしまう。少々割高でも、本物を扱うお店で買う国民が増えれば、本物が残る。例えば、日本の伝統文化の一つ、きものを考えてみる。日本全国に生地があるが、国民がきものを買わないと、この伝統は途絶える。きもの職人も年々減り続けている。きもの産業にとっては死活問題である。国民がもっときものにお金を使えば、職人の生活が成り立ち、きものという伝統文化は今後も残る。何にお金を使うのかを目の前の一人に教育することは尊い。

 不健康な状態で良い仕事をし続けるのは、並大抵の精神力ではない。いくつになっても健康な体は、多くの人の憧れであるはずだ。健康であるならば大抵は幸せである。自分が健康体となり、そして、目の前の一人を健康に導く。きちんとした食事、十分な睡眠、適度な運動、そして周りの人への感謝の心を持つことで多くの人は健康になる。今の日本では、医療費が約三十七兆円使われている。何かがおかしいことに気づかなければならない。目の前の一人を健康な体に導くことは尊い。

 日本を護る仕事は国民全員の義務である。
まずは自分が政治に参加し、良い情報を得て、大切なものにお金を使い、健康促進を勉強し、目の前の一人を育てる。これらがライフワークになることで、世界の手本となる日本国の土台作りができるのだ。

 日本とは自分である。そう考えれば、大切に育てたいものであるし、他人を土足で上がらせたいとは思わないはずだ。ただの一平方メートルも奪われてはいけないことに気づくはずだ。国家は誰か他人が創るものではない。一人ひとりの国民。そう、わたしが、あなたが創り上げるものなのだ。これからも、こうしたことを目の前の一人に対して地道に説いていこうと思う。

 


目の前の一人を育てる尊さ」への2件のフィードバック

  1. 11月号のコラム読ませて頂きました。
    私が感じたのは、一人の力ってすごいよな!という事です。そして、目の前に人がいることの有り難さ、その人に何かきっかけが与えられる有り難さや感動。それが国護りにつながっていったら、すごいなと感じました。
    もちろん、私という一人の人間が与える影響も大きいと思います。だからこそ、周りの人にプラスの影響が与えられる人になっていきたいと思います。

  2. メンバーの石関祐輔です。
    「国護り」というと、何かとても大きく難しく考えてしまいがちですが、自分が良いと思ったテレビ番組や本、お店などを人に薦めるといった身近なことでも日本を良くできることがよく分かりました。
    国を護るのは国民一人一人の力。
    私もできることからやっていきます。

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