公精神と人望を高め人間力を磨け

これは、しがく新聞10月号のコラムです。

◆リード:
最近「人間力の定義は何ですか」と問われた。「人間力」という言葉は各方面で使われるようになっているが、その定義は十人十色だ。統一した定義付けは難しいだろう。だから、ここで敢えて「人間力」の定義付けをするつもりはない。今回は、私自身が二十年以上に渡り二十代の教育にかかわる中で考えてきた「人間力」についての考えをまとめてみた。

◆本文:
人間力とは何か。世の中に明確な定義はないが、私が考える人間力とは、知識・技術の面と、人格の面。この両方を兼ね備えた人としての総合力である。世のリーダーに求められるものこそが、この人間力であろう。リーダーの役割は、組織の目標を達成し、チームのメンバーを幸せにすることだと言える。そのためには専門知識に偏ることなく、幅広い知識が必要であり、実力が求められる。
それでは、人間力が試されるのはどういう時か。それは窮地に追い込まれた時である。その局面を最善手でどう乗り切ってみせるのか。人間力がある人というのは、家族の将来、会社の将来、日本の行末など自分だけではなく、周りのことを考えた上で「押すか引くか」「攻めるか守るか」を冷静に判断する力があり、それを決定できる力もあり、かつ周囲を納得させる説得力と人望を持っているものだ。このように、真のリーダーに求められるのは、私利私欲に走らず、周りのことを考えられる公精神や人望であると言える。
「歴史上の人物の中で人望がある人物といえば誰か」と問うと、西郷隆盛や乃木希典を挙げる人が多い。この二人の共通点は周りから「さん」付けで呼ばれていた点である。「西郷さん」「乃木さん」と親しみを持って呼ばれるほど人望が厚かったということだ。歴史上の人物から人間力を学ぶとするならば、人望があった人物なのかどうかも一つのポイントとなる。
歴史上の人物も、今を生きる人物も、本当の人望というものは日頃の生活で目立つものではない。ここぞという時に、自分の判断力、決断力、そして統率力により、周囲を引っ張っていける人物にこそ本当の人望がある。

逆に、目先にとらわれる、私利私欲に走る、慌てふためく、動揺する、判断に迷い、決断も遅れる。そして周りにも動揺が走り不協和音が起こる。これが人間力のないリーダーである。
さて、人間力をつけていくためには何をすれば良いのか。専門知識・技術は当然として、幅広い一般教養的な知識と、様々な技術を身につけていくことであるのは容易に想像できる。ただし、最も重要なのは、公精神と人望をどうやって磨いていくのかである。一つの方法は、歴史上の偉人から、本などで学ぶことだ。世の多くのリーダーはそのようにして学んでいるだろう。プロイセンの宰相ビスマルクは「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という名言を残している。偉人から学ぶことは多い。しかし、一番の近道は、実際に公精神、人望のある師匠を見つけることだ。そして、一分一秒でも長くその人と一緒に居ることである。メモをとって覚えるものではなく、発言、行動、立ち居振る舞いなど、五感で感じて体で覚えていくのだ。机上ではなく、人と人との付き合いの中で磨かれていく。人間力を磨くとはそういうことなのだ。
今後の日本が、たとえ良い状態になろうと、悪い状態になろうと、各業界に人間力のある人物が一人でも多くいることが望ましい。そうであれば、国民を幸せにし、国の未来も明るくなるはずである。
表紙巻頭コラム


公精神と人望を高め人間力を磨け」への1件のフィードバック

  1. 私には師匠がたくさんいます。室舘代表を始めしがくのスタッフさんはもちろん、両親、学生時代の恩師…何らかの形で過去も、今も人間力、リーダーシップを学ばせていただいております。

    そして、私が尊敬し、一生ついていくと決めている師匠がいます。この先生のおかげで今の医療者としての私がいますし、医療というものを考える上での大きな道標となってくれています。
    たしかに先生の考えは今の医学からかけ離れているところがあり、患者さんや同じ医療者からも理解されないことも多いです。しかし、絶対に信念はブラさず真実を追い求め、これが将来のスタンダードに変われば日本を、世界を救えると信じて走っています。

    私も人望のあるリーダーになれるよう、人間力を磨いていきたいと思います。

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