4月20日
東京タワーに先日行ってきました。
これだけの数の鯉のぼりは初めて見ました。
がんばろう東北と、東京タワーも鯉のぼりも応援してます。
スカイツリーに注目が集まってますが、
やはり東京タワーはいいですね。
4月14日
ビューティーケア事業部の内野さんの紹介で、
シャンソン化粧品バスケ部キャプテンの池住選手を紹介いただきました。
小学校時代のチームメイトだったそうです。
私は、小学校5年生から高3までバスケ一筋でした。
昔から、超強かったシャンソン化粧品はTVや本でしか見られない
それはそれは私にとってはとんでもなく凄い世界。
そのチームのキャプテンと会える。
前の日に高校時代のバスケ仲間に自慢してしまったほどです。
神楽坂の知り合いのイタメシ屋さん『イルカンポ』で、元バスケ部の吉田課長
も誘って4人でバスケ話に花を咲かせました。
右が池住選手
名門桜花学園高校からシャンソンの現在までのお話は、本当に興味深い話ばかりだった。
シーズンが始まったら応援に行くことを約束。
子供の頃からの夢が一つ叶った良き日になりました。
ブログをご覧の皆様、
実業団バスケットボール女子、シャンソン化粧品をよろしくお願いいたします!!
4月13日
以前勤めていた会社の後輩から久しぶりのメール
「気仙沼高校の後輩が受験勉強に困っています。
使い古しでいいので、参考書を送りたいのですが・・・」
早速、「就活支援のネクサス」中心に弊社スタッフなどに呼びかけたところ、
たくさんの参考書が集まりましたので、後輩に届けました。
小林さん8冊
廣部さん2冊
大関さん8冊
武藤さん6冊
大井さん4冊
芝沼さん7冊
高橋さん2冊
糸川さん2冊
佐野さん13冊
上田さん5冊
安藤さん12冊
斎藤さん2冊
鈴木さん14冊
関さん3冊
和田さん1冊
船田さん1冊
近藤さん1冊
山中さん5冊
小堀さん5冊
中屋敷さん20冊
木村さん5冊
江部さん2冊
赤羽さん6冊
花島さん3冊
小原さん5冊
眞木さん4冊
工藤さん6冊
早川さん4冊
飯塚さん2冊
皆さん、大変有り難うございました!
↓後輩よりお礼メールです。
短期間にも関わらず、あのような大量の参考書を
ご提供いただき、本当にありがとうございました。
昨日、その参考書が気仙沼に到着し、現地のみなさんも、
非常に喜んでおりました。
http://blog.goo.ne.jp/cma510
まだまだ復興は進んでおりませんが、
出来る限り頑張りたいと思います。
この度は、本当にありがとうございました。
渡邊
・・・・・・・・・・
皆様の暖かい気持ちが東北の高校生に届きました。
引き続き、参考書がある方は募集しています。
4月11日
5月から始まる、歴史に学ぶリーダーシップ講座のプレセミナーの感想です。
【二宮尊徳】
・勤勉な人とは聞いていましたが、想像をはるかに超えていました。「全部リーダーにかかっている」という点が、耳に痛い話です。この講座は本当に素晴らしいものだと思います。この話を聞いてくる20代が末恐ろしいです。私も負けずに頑張ります。(社会人 男性)
・感動しました。二宮尊徳のエピソードはもちろんですが、まさに清水講師が実践していると講座を通じて感じました。本を読んで学ぶよりも、清水講師から伝えられる方が何十倍、何百倍もタメになります。(社会人 男性)
・二宮尊徳については、本などで大まかな事柄は知っていましたが、リーダーシップという観点でお話を伺うことにより、率先垂範の大事さ、覚悟を見せることで人を導いていく姿に心を打たれました。(社会人 女性)
【徳川家康】
・「江戸時代は素晴らしい時代」ということは、本などを読み知っていましたが、なぜそのような時代を作ることができたのか、という背景はほとんど知りませんでした。平和を願う公の心があるからこそ、誰よりも考え、行動するのだと強く感じました。(社会人 女性)
・人生において、成長することが魅力だと思いました。大敗と大勝からここまで成長できたことをもっと知りたいと思いました。私も志を強くもって、人生を豊かにし、周りの人のこともよく見ていきたいと思いました。(社会人 女性)
・家康の背負う過去と、そこから生まれた我慢強さ、不屈の精神に心を動かされました。志があったから努力し、能力をつけることができた家康の姿は、私達にとって大きな先見せであり、リーダーです。それを伝えようという菰田さんの熱い想いを感じました。(社会人 男性)
4月7日
昨日は福島県南相馬市へ物資を届けに行きました。
日本国際芸術文化協会 のボランティアとして、社員の伊藤君と一緒に6名で行って来ました。
なぜ南相馬市かと言うと、放射能の関係で一部の人たちから見捨てられた街と聞き、いてもたってもいられなくなったからです。
小川町体育館へ衣類や食糧を届けに行ったら、30歳前後の管理責任者に衝撃を受けました。
目を輝かせながらこう言いました。
「僕は家を失っただけですから。身一つで復興はやっていけます」
これだけ目が輝いている人は東京にもそうはいない。
逆に彼からエネルギーをもらった。
私たちが帰る時に、帽子をとり何度も何度も頭を下げる姿が印象的だった。
海岸近くを車で通ったが、ここで伊藤君の感想を。
「テレビやネットで見てはいましたが、想像を遥に超える光景でした。見渡す限りの更地は、空爆をされたとしてもこうはならないです。防波堤を乗り越えてきて散乱しているテトラポットが墓標のようでした。作文や手紙など、思い出の品が至る所に落ちており、胸が絞めつけられるような感覚でした。約1ヵ月経っているので遺体はありませんでしたが、震災直後は地獄絵図だったのではないかと思いました。1000年に1度という歴史的な出来事を目の当たりにし、忘れられない衝撃的な1日となりました。」
とのこと。
被災者ではない人が言う「頑張ろう日本!」とか「1日でも早い復興を」という言葉はとても軽い言葉だと思った。
現地の人は、一瞬で更地となった自分の街、中々物資が届かない現状、放射能に対する不安などを抱えながら生きている。
6.5μシーベルトの飯舘村を通り、0.5μシーベルトの南相馬市に行ってみて、初めて現地で生活している人の気持ちがわかった。
身をもってわかった。
南相馬市の状況は、結果的に見て政府の失敗だと思う。
福島第1原発から約25kmで、屋内退避なのか自主避難なのかはっきりしていない。
民主党の国民の生活が第一って一体なんなのかと疑問に思った。
3月5日
靖国神社より、活世塾の修了式にて、1期生に向けての祝辞の依頼を受けました。
大変光栄な事ですので、有り難く引き受けました。
修了式では、代表して塾生10人のスピーチがありました。
それぞれが今後どのように活かすのかを発表。
各人が想いのこもった内容でありました。
その後、懇親会にも招待され高森先生含め、塾生の皆様と楽しいひとときを
過ごしました。
2次会は、知覧の富屋食堂でおなじみ鳥濱トメさんのお孫さんの店であります
新宿三丁目の『薩摩おごじょ』
弊社の塾生、田杭、川端含め9名で懇親。
モラロジー研究所の鈴木さんも参加。
大阪の浜野ゆきこさんからの紹介でスペシャルゲストが。
産経新聞などでおなじみの河添恵子先生登場!
東アジアに詳しい先生のお話を中心に大変盛り上がりました。
店主の赤羽潤さんが隣の席の人を紹介してくれました。
劇団「夜想会」の方々がいらっしゃいました。
『俺は君のためにこそ死にに行く』のキャストの皆さんです。
http://yasokai.world.coocan.jp/framepage2.htm
観に行くよ!と約束。
楽しみです。
4月2日
「がんばれ日本!桜交流会」と題して、代々木公園でお花見をしました。
残念ながら私は参加できませんでしたが、多くの方が集まり交流を深めていたようです。
会場で日本赤十字社への募金を募ったところ、19万689円という多くの募金が集まりました。
ありがとうございました。
花はあまり咲いてませんでしたが、みなさん決起していたようです。
花見の歴史
花見は奈良時代の貴族の行事が起源だと言われている。奈良時代には中国から伝来したばかりの梅が鑑賞されていたが、平安時代に桜と変わってきた。その存在感の移り変わりは歌にも現れており『万葉集』において桜を詠んだ歌は40首、梅を詠んだ歌は100首程度だが、平安時代の『古今和歌集』ではその数が逆転する。また「花」といえば桜を意味するようになるのもこの頃からである。
『日本後紀』によると、嵯峨天皇が812年(弘仁3年)に神泉苑にて「花宴の説」を催した。これが記録に残る最初の桜の花見だとの説がある。831年(天長8年)から場所は宮中に移り、天皇主催の定例行事として取り入れられていった。その様子は『源氏物語』「花宴」に描かれる。『源氏物語』には藤を鑑賞する宴会についての記述もあるが、この頃には「花」はほぼ桜と同義に使われるようになっていたためか桜以外の花を観賞する宴が花見、花宴といわれることはない。
吉田兼好の『徒然草』には貴族風の花見とそうでない田舎ぶりの花見の違いが説かれており、室町初期には地方の武士階級にも花見の宴は行われていたことが伺える。
織豊期には野外に出て花見をしたことが、絵画資料から確認される。この時期のもっとも大規模な花見は豊臣秀吉の醍醐の花見である。
花見の風習が広く庶民に広まっていったのは江戸時代、徳川吉宗が江戸の各地に桜を植えさせ、花見を奨励してからだといわれている。江戸で著名な花見の名所には愛宕山などがある。この時期の花見を題材にした落語としては『長屋の花見』や『あたま山』がある。