5月5日
これはしがく新聞5月号の巻頭コラムです。
■リード
デフレーションの略語である「デフレ」。新聞やテレビのニュースで頻繁に耳にするこの言葉。物の値段が下がり続けることを指すデフレが今の日本の最大の懸念であり、これ以上デフレが深刻化すると恐ろしいことになる。今回は、いかにデフレを脱却していくべきかを、多くの国会議員に影響を与えている三橋貴明先生から普段習っている話をもとにお伝えしたい。
■本文
牛丼一杯四百円だった二十年前と比べ、今や一杯二百八十円。三割も安くなった。一個人の消費者から見れば、物は安い方が良いに決まっている。だが反面、企業は価格競争に巻き込まれ、業績は軒並み悪化。そのため、給与が下がり、ボーナスカット。挙げ句の果てにはリストラが進む。企業側から見れば至極当然である。
将来に不安がある今の日本では、消費者は安いものを買い、多くを貯蓄に回すようになる。日本全体を見渡すと、国民の預金額は約一五〇〇兆円。日本の歴史上、最も預金額が積み上がっている。ちなみにバブル期だった二十年前の預金額は約一〇〇〇兆円。二十年で五〇〇兆円増えた計算となる。なぜこのようなことが起きたのか。多くは、政府が国債を発行して得たお金を使い、景気対策で様々な形で国民の手に渡ったものだ。しかし、国民は将来の不安からお金を使わずに貯蓄に回す。この悪循環から二十年抜け出せないでいる。
歴史を振り返れば、一九二九年から始まった世界恐慌の影響によってデフレに陥ったアメリカでは、わずか四年でGDPが半分になった。失業率はなんと二十五パーセントに達した。それだけ失業者が増えれば治安も乱れ、餓死者も出てくる。日本でも、失業率が上がり、当時のアメリカのような事態になることは絶対に避けたい。では、どうすれば好景気の良い時代になるのか。それには企業が投資を活発にし、社員採用を増やし、国民は好景気になると感じて、安心して消費を増やすことが不可欠だ。
仙台市は今、好景気の地域として知られている。復興事業により建設業者中心にたくさんの仕事があり、夜の繁華街は銀座からホステスがたくさん流れてきていて、バブル期さながらの様相だ。デフレ脱却のヒントはここにある。
まず、政府は思い切った復興支援に乗じた景気対策を打つべきだ。京都大学の藤井教授が言うように、復興予算を五〇兆円から一〇〇兆円の規模で組み、日本を自然災害に強いモデル国家として創り上げるのだ。関東での大震災に備え、病院や学校をはじめとする公共施設の耐震化をおこない、太平洋側の道路や線路が使えなくなる事態を想定して、日本海側の高速道路と新幹線を完成させる。原子力発電所にも今以上の安全対策を講じ、政治的なリスクによる価格変動が大きい石油や天然ガスだけに頼らないようにする。すでに一万五千ヶ所の橋は、危険を回避するため重量規制がかけられている。こうした道路・橋の整備をおこなう。公共事業を増やすことで雇用が生まれ、経済が循環する。年間三万人の自殺者も必ず減る。消費税増税は、インフレになってからで良い。今は復興国債や建設国債を発行し、民間企業にお金を落とす時期なのだ。
日本を良くする為に、やらねばならないことはたくさんある。今は、デフレ脱却が緊急課題である。八十年前の大蔵大臣、高橋是清を見習ってほしい。彼は見事に日本経済をデフレから脱却させた。もちろんデフレ脱却は通過点だ。「日本はGDP一〇〇〇兆円を達成し、世界のモデル国家として頼られる」。そんな壮大な目標を掲げられる政党、政治家に一票投じてもらいたい。