しがく式のレッスンでも教えているエルトゥールル号の海難事故。
トルコ、日本の絆を強めた実話を映画化。
『海難1890』


(左:トルコのポスター 右:日本のポスター)
涙が止まりませんでした。
是非、劇場まで!
しがく式のレッスンでも教えているエルトゥールル号の海難事故。
トルコ、日本の絆を強めた実話を映画化。
『海難1890』


(左:トルコのポスター 右:日本のポスター)
涙が止まりませんでした。
是非、劇場まで!
10月25日
遠州流茶道、石川先生のお茶事に招かれました。
行き届いた輝けるお庭、心のこもった各部屋の掛け軸やお道具。
本来なら美術館でガラス越しでしか見られないような逸品ばかり(古田織部の茶杓など)。
お茶事の凄いところは、
そんな逸品でお食事やお酒、お茶を頂けることである。
おもてなしの究極をお見せいただきました。
本日も歴史や伝統文化、おもてなしなど大変勉強になった日でした。
9月12日
神楽坂にある遠州流茶道宗家の門を叩いて五年。入門当初からお世話になっている野倉宗衣さんの茶室開きがおこなわれた。その茶事から私は「おもてなし」というものについて、改めて深く考えさせられた。今回は茶道にみる「おもてなし」に触れてみる。
和菓子をいただき、お抹茶(薄茶)をいただく。これが一般的な茶会だが、本来は「茶事」と言って、懐石料理にお酒、和菓子、お抹茶を楽しみながら、思い思いの話に興じる会である。戦国時代の武将や江戸時代の殿様が過ごしていた、和やかで優雅な時間を味わえる貴重なひと時だ。この度「茶室開き」という、茶室を初めて使うときに催される大変おめでたい茶事を、茶道の先輩である野倉さんが開かれ、私もお招きいただいた。
茶事が始まる前は、寄付(待合所)にて待機する。そこには江戸時代の荷物入れや煙草盆が何気なく置いてある。現代では普通に買えるものではなく、この日のためにと、つてをたどって探したと言う。今まで何度か拝見したお庭も一変し、細部まで手入れの行き届いた緑が程よい湿り具合になっており、竹細工も見事だった。茶室までの通りがけに見えるだけなのに「ここまでするのか」と感服した。
茶室で最も重要なのが掛け軸。小堀宗実家元の「和光同塵」の書は、この日が初掛けだった。用意するまでの苦労を伺っていたので、目にすることができて感激だった。旬の食材で振る舞われた懐石料理は大変美味。だがそれだけではない。さらに感動したのが美しい器の数々。百年以上前の代物が、次から次へと当たり前のように出てくることに本当に驚いた。
茶事のメインイベントがお抹茶(濃茶)のひと時。濃茶の前には和菓子をいただく。振る舞われた栗の和菓子は、知る限り最高のものをと、わざわざ岐阜県まで行って選ばれたものだった。
そして濃茶。これまで十数年も積み重ねてきた茶道の稽古は、この日のためにあったのだろうと思うと感慨深いものがあった。一年以上も前から悩みに悩んで選ばれたのが、百年以上前の堅手の茶碗。心を込めて点てていただいた濃茶は最高の味だった。なんとお抹茶に使う水も、岐阜の銘水がお抹茶に合う軟水だからと、直接汲んでこられたそうだ。そして、同席された方が喜寿ということで、祝いのお能「鶴亀」を謡う。その方を尊敬し慕われている野倉さんの想い溢れる姿に一同目頭を熱くした。床の間の綺麗な花入れ籠には、色鮮やかな季節の花が活けられていた。活け花も何年も前から稽古していたそうだ。しかも一番良い花を活けるために、活けてあった花の三十倍もの量を集め、その中から選ばれた。
茶事が終わり、結構なお土産をいただいて、帰路についた。途中、ふらりと店に入り余韻に浸りつつ考えた。
私は「おもてなし」ということを軽く捉えていなかっただろうか。和菓子や花、庭造り、お家元の掛け軸、懐石料理と器、なるべく江戸時代の道具をと東奔西走し、できうる限り最高のものをと労力を厭わずに茶室開きの準備をされた。そこに至った野倉さんの想いを想像すると、言葉を失った。
本物のおもてなしは「心」から始まる。相手に少しでも喜んでいただきたいという純粋な心。あの心に一歩でも近付きたい。できる限りのおもてなしをしていくことを、今後の人生のテーマにし、目の前の人の喜ぶ顔を楽しみにして生きていきたい。
◆しがく新聞2015年10月号の巻頭コラムより
9月4日
志学青年奉仕団が感動の4日間を終了し、その懇親会に招かれました。
皆さんの感想を聞かせて頂き、心から感動しました。
天皇皇后両陛下よりご会釈を賜り、自然と涙が出ましたと多くの学生から聞きました。
また、隅々まで見学させてもらえるとは思わなかった。
宮内庁庭園課の職員さんに感動しました。
といった感想も多かったです。
今回の経験を親に話したら、感心した親もいたのですが、多くはそうでも無かったとのこと。
ですが、おじいさん、おばあさんは例外なく喜んでいたそうです。
普段はあまり話さないのに、皇居の話をしたらドンドン会話が弾んだとのこと。
学生の皆さんから感謝されて、私まで幸せな気持ちになりました。
学生のうちから、皇居や赤坂御用地に入ったり、天皇皇后両陛下、皇太子殿下よりご会釈を賜ることは、世界的に見ても奇跡です。
8月29日
野倉さんにはいつも大変お世話になりますが、今回もお茶室をお借りしました。
着物塾の袴編受講者が集まりました。
お能に始まり、琵琶演奏を聞いた皆さんは、
江戸時代にタイムスリップしたようだと感激していました。


京料理かねきさんの豪華弁当を皆で頂きました。
そして、皆さんに私のお点前で抹茶を差し上げました。

突然、皆で和歌を詠みましょうとなって、それぞれの和歌を読み上げました。
いきなりのことでしたが、感性の高いみなさんは素晴しい和歌を詠んでいました。
なかには、笑いを取りにいった方もいて、大変盛りあがりました。
着物を着て伝統文化を堪能した皆さんが、本当に喜んでくれた素晴しい会になりました。
7月20日
今年も600名程の方々が集まりました。


野倉先生もお招きをして、山本一平担当の船に同乗させて頂きました。


船の上から、レインボーブリッジを見上げ、お台場、フジテレビ、スカイツリーと東京の夜景を堪能。
そして、ほぼ全員が浴衣を着て参加。男女ともにとても輝いていました!
屋形船が終わって町を歩いていると、すれ違う人達からは、
「いいなぁ〜」、「着物着てみたい」、「浴衣着てみたい」という声も聞こえてきて、伝統文化を伝えることに貢献している実感が沸きました。
大変楽しい屋形船の会でした!
5月28日
いつも茶道や着物でお世話になっている野倉さんに岐阜をご案内していただきました。
岐阜圏域は喫茶店文化が盛んで様々な喫茶店があり、普段はどこかの喫茶店でモーニングを食べながら話をする文化があるということに驚きました。
私達が行った喫茶店では、アイスティーのモーニングセットを頼んだのだが、生まれて初めて味わうような感動的なアイスティーに驚きました。「灯屋」という喫茶店です。
川上屋で和菓子を購入。
和菓子だけでなく、洋菓子も様々あり、本当に感動しました。
陶器の町の多治見町では、沢山の陶器工場がありました。
様々な茶道具を見て回り、本当に勉強になりました。
郡上八幡の町並みと郡上八幡城。
日本の滝100選に入る阿弥陀の滝は60メートル級の滝で圧巻。
海抜1000メートルにある「満天の湯」でお肌つるつるの露天風呂も最高でした!
山中にある、地元の高級フレンチ料理屋さん。
理想的な空間で感動しっぱなしでした。
楽しく過ごした岐阜日帰りの旅。
東京に戻る新幹線ではグッスリと眠って帰りました。
朝から晩までパワフルで感動のツアーでした。
岐阜、本当にスゴイです!!
5月19〜22日
13回目の奉仕団、行ってまいりました。
初日は東御苑地区。
生憎の雨で奉仕ができないということもあって、
打毬、古式馬術を見学させていただきました。
数十年に一度という奇跡的な経験に、団員も何が何だかわからなくなるぐらい興奮してしまいました。
私もこういうことがあるものだなと初めて知りました。
吹上御苑:
緑が生い茂る5月とはこのこと、とにもかくにも草刈り。頑張りました。
赤坂御用地:
皇太子殿下よりご会釈を賜りました。
大変お元気なお姿で、優しい笑みを奉仕団に頂き、勇気が湧きました。
皇居宮殿地区:
最終日には、天皇皇后両陛下よりご会釈を賜りました。
お二方とも大変お元気な姿で安堵しました。
両陛下と初めてお会いする団員8名の感動もさることながら、再会された団員の感動は更に凄かったです。
私も関東の学生さんの頑張りや、社会人の頑張りを両陛下に報告させていただき、励ましの言葉をいただけて感動しました。
奉仕が終わった後に、団員達がおじいちゃん、おばあちゃん、両親、仲間に話して、皇居勤労奉仕のことが広まっています。
今後も続けてまいります。
5月12日
ブログではあまり紹介していませんが、月4回の茶道のお稽古。
この2年間は皆勤賞で通っています。
5月からは「風炉」ということで、薄茶の基本的なお点前をしました。
季節が変わることで、お花、お道具、しつらえも変わり、
東京のど真ん中で日々を過ごしながらも、季節を感じます。
お茶を始めて、本当によかった。
この日は、
小堀宗実家元と、先代のお家元がコラボして筆を入れた珍しいお茶碗を使いました。
親子で一つのお椀に絵を入れるのは珍しいことだそうです。
つばめの絵が書かれており、5月はつばめが巣を作り始めるからとのことでした。
私にとっては、本当に良い時間を神楽坂で過ごしていると感じます。
おもてなしの心、原点に帰れる月4回の修行であります。
4月29日
「昭和の日」の名付け親の一人として、
その活動に多大なる貢献をした高森明勅先生にお話をして頂きました。

4回も名称が変わった珍しい祝日ということで、
「名称は何?」という質問から始まりました。
新しい順に、
・昭和の日
・みどりの日
・天皇誕生日
・天長節
という4回も変わった日です。
この昭和の日を作っていくエピソードが本当に素晴らしいものでありました。
昭和とは「復興」の一言である。
昭和20年の焼け野原から、昭和39年の東京オリンピックまで、ものすごい勢いで復興した。
大東亜戦争の御前会議での話も印象に残り、
戦争の責任も無く、ましてや一番戦争をしたくなかった御方が昭和天皇でありました。
昭和天皇のエピソードは書ききれないのですが、
戦争が終わって昭和29年まで続いた全国の御巡幸では、
各地域を回るなかで、電車の中や、学校の体育館、教室にゴザを引いて睡眠をとられていた話には、
本当に心を打たれました。

御巡幸で昭和天皇をお迎えした現在もご存命の方が口々におっしゃられるのは、
戦後、日本中がボロボロで焼け野原になりながらも、自分の町に天皇陛下をお迎えすることで、
「日本は大丈夫だと思った」とほとんどの皆さんは思われたそうです。
高森先生は日中は式典もあり、お忙しいながらもご講演くださって、
本当に素晴らしい祝日を過ごすことができました。
ありがとうございます!

3月21日(初日)
着物講座で、自分で着物を着ることをマスターした
男女25人で京都行って参りました。
◆染色補正師、家紋研究第一人者の森本親子
着物のルーツや家紋の勉強をさせて頂きました。

着物を右前に着る理由、
なぜ、女性は振り袖、男性は留め袖なのか。
着物の裾を右手で持つのが遊女で、左手で持つのが一般の人。

自分の名字を形にしたものが家紋であるということで、
いろんな家紋の解説を頂きました。
本当に、眼から鱗でした。
◆型友禅の体験
友禅染には、手描き友禅と型友禅があり、型友禅染めを体験していきました。
だれでも簡単にできる染め物ですが、
色の濃さ、薄さなど、その人の性格が出て、各々に出来上がった作品を見せあって喜んでいました!


◆清水寺
着物で歩く25名の姿は京都の風景の一部となって、
多くの外国人の被写体になってきました。

◆懇親会
みんなで楽しみながら、野倉先生のサプライズプレゼント企画!!
着物や帯が当たって、なかには喜びのあまり泣く方もいらっしゃいました。
24時ぐらいまでみんなで楽しみました。
その後に2次会、3次会、明け方まで飲んで楽しんだ人もいたそうです。
3月22日(二日目)
◆南禅寺
二日目の朝はゆっくりと迎え、
南禅寺でお抹茶をいただき、優雅な時間を過ごしました。


坊主頭の人が一人座ったと思ったら、二人・・、三人・・、
最後には野倉先生も加わってくれて、みんなで大笑いでした。

◆舞妓さんと昼食
楽しい時間を過ごした後に、祇園でお食事を。
食事の席では舞妓さんが各テーブルを回って、
各々でいろんな質問をしていました。


そして最後は大写真大会!

◆北野天満宮
菅原道真公を祀る。
50種類2000本の梅の木があり、この時期でも咲いておりました。

天気にも恵まれ、
素敵な旅になりました!